イントロダクション
今日は、錦川の畔に来ています。ちょっと天気は風雲急を告げている感じですが錦帯橋が良く見えます。錦帯橋を見ながらも、岩国城の方も気になってしまいます。


今回は、錦帯橋を渡って、山麓の居館跡を見学してから山の上に行きます。そして、吉川広家が築き、終わらせたお城がどうなっているかご案内します。再建天守に着いたら、山上からの景色を楽しみたいと思います。
今回の内容を趣向を変えて、Youtube にも投稿しています。よろしかったらご覧ください。
特徴、見どころ(錦帯橋から岩国城をめぐるツアー)
錦帯橋を渡って御土居を見学、そして山上へ
まずは錦帯橋を渡ります。気分が改まる感じがします。錦帯橋は5つの橋から成っていて、両端は、普通の感じの桁橋です。そして橋台の先の第2橋からが、アーチ構造になります。アーチの上り下りは階段になっていて、特別な橋に来たと思う瞬間です。



しかしこんな優雅な川が暴れ川なんて、信じられません。現代は、ダムなどの治水対策が行われているそうです。城のある山がだんだん近づいてきますが、下りの階段の足元には気を付けましょう。最後の橋を渡ったら、吉香公園に到着です。



この公園には、錦帯橋を架けた吉川広嘉、藩祖・吉川広家、そして佐々木小次郎の像まであるのですが、小次郎像の向こうが堀跡のようです。



吉川史料館を過ぎたところに、お殿様の居館「御土居」の跡があるのです。周りを囲む堀の向こうには櫓のようなものがありますが、今ある吉香神社の建物です。かつては同じ場所に三階櫓があったそうです。「現代の櫓」ということです。


入口に立つと、城の山(城山)が背後に控えています。御土居も城の一部だったのです。幕末のお殿様・吉川経幹(つねまさ)は、幕府軍との戦いで、山上に籠城することまで考えていました。
山麓部分周辺の地図
社殿は移されたものですが、重要文化財に指定されています。しかし、「現代の櫓」も気になってしまいます。それでは行ってみましょう。現在ある建物は絵馬堂で「錦雲閣」といいます。中に入ることもできます。そこからの眺めは、城からの眺めそのものです。御土居に来たら、立ち寄っていただきたいスポットです。



いよいよロープウェイに乗って山を登ります。さっき見た御土居が遠のいていきます。錦帯橋や錦川がまた見えてきました。


山頂駅に着きました。まずは景色に期待です。いい眺めです。天守からの眺めもますます期待してしまいます。


残っている石垣、壊された石垣
山上での城への道は2つあります。左(西側)の方がお勧めのように見えますが、城郭ファンとしては、右(東側)の山道の方を行っていただきたいのです。残っている石垣が見られるからです。縁石も石垣風です。これも当時のものなのでしょうか。


石垣が見えてきました。二の丸のところだと思います。すぐそばで見ると、迫力があります。


二の丸の入口前に来ました。ここにも立派な石垣が残っています。入口を守る出丸のものです。ここから二の丸に入っていきます。出丸の内側が枡形になっていて、枡形を抜けると大手門があったのです。二の丸は、今は現代風の庭園になっています。振り返ると再建天守が見えますが、ちょっとお預けです。




二の丸入口前に戻って、今度は本丸の方に行きますが、直接本丸には入れないので、北の丸を回ります。さすが厳重な作りです。本丸下の石垣は見もので、張り出したところが一番高く、高さが9メートルあります。江戸時代初期に廃城になった城とは思えません。やっぱり意識的に残したのだとと思います。


ところが、北の丸に入ると様子が変わります。何気ない散歩道に見えますが、道を少し入ったところには、石垣を崩した跡が残っています。なぜか一部残っている箇所もあります。



道を先に進むと広場に出ました。北の丸の端っこから、かつて枡形だったところを見まわしてみます。石は少し残っていますが、全然崩されてしまっています。吉川広家が「表の方」の石垣を崩すと言っていたのは、この辺のことではないかと思います。つまり、城の正面はこちらの方だったと思うのです。


実は鉄壁!本丸の防御
それでは、北の丸を正面として、本丸に攻め込むシミュレーションをしてみましょう。2つのルートをご紹介します。
山城部分周辺の地図一つ目は旧天守台を通るルートで、先ほどの枡形を通って、北の丸に入ったとします。そこから、北の丸と本丸は土橋でつながっているのですが、左側(東)は空堀で、右側(西)は竪堀で挟まれています。通る道が限られていたのです。



そして、その先に現れるのが、旧天守台です。ここにあった天守は、飾りではなかったのです。吉川広家も「天守は御庄側の切り立った部分を延ばした場所を防御するためのものである。(慶長9年5月28日付吉川広家条々写、現代語訳は「毛利氏の御家騒動 折れた三本の矢」より)」と言っています。この上に、現在の再建天守のような建物が載っていました。次は、その再建天守に行ってしまいそうですが、またお預けです。



もう一つは、天守はなくとも、櫓群と枡形で守っていたルートです。まず、さっき見た空堀に架かる橋を渡ります。この辺りの石垣も崩されています。細い通路を進むと、最初の枡形と思われる場所に着きます。北の丸の枡形も同じように崩されていました。傍らには三階櫓があって、更に正面には、隅櫓が控えていました。鉄壁の守りだったのです。



そこを抜けると、本丸下に出ますが、ここは、最初に通った高石垣の天辺なのです。景色もいいですが、石垣下の敵もお見通しです!


そして、再度本丸に乗り込みます。再建天守とやっとご対面です。実はここにも別の櫓がありました。それぞれの場所に、意味があったのです。ここが、本丸入口の枡形になります。これにて、本丸到着です。また、天守台が見えます。かつてはここで、どーんと天守が見えたはずです。



天守に到着!素晴らしい景色
次は、再建天守をご案内します。再建天守は、オリジナルの南蛮造のスタイルで、1962年、山頂・山麓からの景観を考慮して現在地に建てられました。

中に入りましょう。1階は刀剣がたくさんあったり、お城の歴史コーナーがあります。2階には錦帯橋の模型などが、3階には各地の城の写真があります。




そして最上階は、お約束の展望台で素晴らしい景色です。瀬戸内海までよく見えます。もちろん錦帯橋は見えるのですが、そこから川が海に下っていくところもよくわかります。



帰りは二の丸の方に下っていきます。二の丸から出て、来るときとは違う道を通ります。西側の道です。西側の方は、やはり石がゴロゴロしています。来たときに通った東側の石垣の残り方とは全然違います。



それでも、よく残っている遺構もあります。「大釣井(おおつるい)」という井戸です。少し上から見た方がいいかもしれません。

このままロープウェイで下ろうと思いましたが、天守の中の展示を見て、行きたくなったところがありました。城とは反対側になるのですが、そこは「護館神(ごかんじん)」といって、もとは城の石切場だったのが、お殿様が住む居館を護り、山を鎮めるための神様が祀られたのです。山の上なのにまだ登ります。着いてみると、すごいパワースポットと感じます。この城山は、城を作っただけじゃなく、守り神にもなっているのです。



山を下ったら、吉川広家のお墓にお参りしてみるのもいいでしょう。今度は晴れたときに来てみたいです。


リンク、参考情報(追加分)
・錦帯橋、岩国市公式ホームページ
・岩国城、岩国観光振興課~岩国 旅の架け橋
・おもしろ山口学「破却?失われた岩国城の真実」、山口県魅力発信サイト きらりんく
これで終わります。ありがとうございました。
