特徴、見どころ
博物館としての天守
城周辺の地図現在、オリジナルの大多喜城に関するものはほとんど残っていません。千葉県は、本丸の上に「大多喜城」と呼ぶ天守の形をした歴史博物館を建設しました。
夷隅川に沿って本丸へ
この現代の大多喜城に大多喜駅から行く場合には、概ね2つのルートがあります。一つ目は車で来られた方向けで、駅前から南の方に走り、模擬の大手門をくぐります。道は西の方角に向かって右に曲がり、夷隅川に沿って進みます。この辺りの道はメキシコ通りと呼ばれており、ドン・ロドリゴのエピソードにちなんで名づけられました。
この通りは、急な崖の中腹に作られており、城があった丘を右手に川を左手に見ながら進みます。城にとっては天然の障壁となっていました。駐車場は、本丸の近くにあります。
二の丸を通って本丸へ
もう一つのルートは歩いて行く方のためで、駅の裏側から進みます。本来の大手門跡が近くにあります。しかし、それを示す標柱があるだけです。この辺りは住宅地になっているからです。道に沿っていくと、今は高校として使われている二の丸に到着します。道は土塁の上方の二の丸の方に登っていきます。かつてはここに領主のための御殿がありました。
ここには城に関する2つの史跡があります。一つは御殿の裏門で、一旦売却されたのですが、後に現在の場所に復元されました。もう一つは大井戸で、周囲の長さが17mもあります。この辺からは、本丸の最高地点にある天守の姿が望めます。
本丸にある古い城の痕跡と新しい模擬天守
本丸へは、前の方(二の丸)からでも、後ろの方(駐車場がある所)からでも登って行くことができます。その途中では、古い土塁や空堀、人工で作られた急崖(切岸)などを見ることができ、これらは恐らく城の初期の時期からあったものと思われます。実際、発掘を行った際には、その初期の小多喜城と呼ばれていたころの痕跡が発見されたそうです。
ところが、オリジナルの天守やその天守台石垣と思われる痕跡は見つからなかったのです。現在ある天守とその天守台石垣は現代になって建てられたもので、城下町の古い商家から発見されたオリジナルの三層天守の図面に基づいているとのことです。しかし、通常これだけでは確たる証拠とは言えないのではないでしょうか。よってこの天守は、模擬天守という位置づけになると思います。