148.浜松城 その3

この城にはまだ多くの謎があります。

特徴、見どころ

城の周りの見どころ

城周辺の地図

もしお時間があるようでしたら、現在は東照宮となっている引間城跡に行ってはいかがでしょうか。そこからは遠くに現在の浜松城がよく見えて、そこが良い立地だということがわかると思います。

引間城跡
引間城跡にある東照宮

また、三方ヶ原の戦いの跡地として、犀ヶ崖を訪れてみることもお勧めです。そこにある谷は元は約40mもあったといいますが、現在でも13mの深さがあります。傍らには犀ヶ崖資料館があり、家康の半生を振り返るような展示があります。

現在の犀ヶ崖
出撃する家康のジオラマ(犀ヶ崖資料館)

資料館の北方約10kmのところには、三方ヶ原の戦いの記念碑があります。

三方ヶ原の戦いの記念碑

その後

明治維新後、浜松城は廃城となり、城の全ての建物は撤去されました。多くの城の敷地は市街地となっていき、中心部分だけが展望台として残りました。第二次世界大戦後、浜松市がその地を買い上げ、浜松城公園として公開しました。浜松市は、できるだけ城の昔の姿を再現しようと検討しているところです。

復興天守
復元された天守門

私の感想

私はかつて、浜松城に残っている石垣は家康が築いたと思っていました。しかし調べてみると、この城の遺産は、多くの時代の大名たちによって残されたのだとわかりました。また、この城にはまだ多くの謎が残っていることも学びました(オリジナルの天守の姿、家康に関する伝説など)。今後発掘や研究が進むことで、これらの謎が少しずつ明らかになることを望みます。

天守曲輪の現存石垣
天守曲輪の石垣越しに見える復興天守

ここに行くには

車で行く場合、東名自動車道の浜松ICから約30分かかります。公園にビジター用の駐車場があります。
公共交通機関を使う場合は、JR浜松駅から歩いて約20分かかります。
東京か大阪から行く場合:東海道新幹線に乗ってください。

リンク、参考情報

浜松城公園
・「家康と家臣団の城/加藤理文著」角川選書
・「よみがえる日本の城11」学研
・「日本の城改訂版第77号」デアゴスティーニジャパン

これで終わります。ありがとうございました。
「浜松城その1」に戻ります。
「浜松城その2」に戻ります。

148.Hamamatsu Castle Part2

The small size Imitation Main Tower is on the original stone walls base.

Features

To Park Entrance

Today, Hamamatsu Castle has been developed as Hamamatsu Castle Park. The Main Tower Enclosure and part of the Main Enclosure remain in the park. If you walk to the park from Hamamatsu Station, you will see the Hamamatsu City Hall, which was part of the Second Enclosure in the past, on the left. You can enter the road to the entrance of the park in the north of the hall. You will see the ruins of the Main and Second Enclosures being excavated over the fence on the right.

The map around the castle

The Hamamatsu City Hall
The entrance to Hamamatsu Castle Park
The road to the park
Part of the Main and Second Enclosures under excavation

You will reach the wall of the cross section of the Main Enclosure, which was cut in the present time, so you will need to go around to the left or right corner of the wall to enter the park. No matter which entrance you choose, you’d reach the remaining part of the main enclosure. There is a statue of Ieyasu Tokugawa, and the ruins of the Fujimi Turret on the earthen walls.

The signpost of the park entrance in front of the wall of the cross section of the Main Enclosure
Going to the Main Enclosure through the right side entrance
The inside of the Main Enclosure
The statue of Ieyasu Tokugawa
The ruins of the Fujimi Turret

Remaining Old style Stone Walls

The highlight of the castle is the remaining stone walls of the Main Tower and Main Enclosures. They were basically piled using natural stones, one of the earliest methods for castles’ stone walls, called Nozura-zumi. They look very old and Yoshiharu Horio originally built them

A view of the Main Tower Enclosure from the ruins of the Fujimi Turret
The stone walls of the Main Tower Enclosure

If you look at the back side of the enclosure, you will also find these stone walls were built on the upper part of natural terrain. This is another early method, called Hachimaki-Ishigaki or the Headband Stone Walls, when the techniques for high stone walls weren’t developed. These stone walls were also bent elaborately like a folding screen, called Byobu-ore. This structure allowed the defenders to do direct attack from some points of the stone walls when enemies would attack the castle.

The Headband Stone Walls at the back side of the Main Tower Enclosure
The stone walls like a folding screen

The Main Tower Gate was recently restored in 2014 in a traditional way, based on the achievement of the excavation. You can not only go though the gate but also enter the inside of it.

The restored Main Tower Gate
The entrance to the inside of the gate

Main Tower is rebuilt smaller than Original

Apart from it, the Rebuilt Main Tower on the remaining stone wall base has been a symbol of the castle since it was built in 1958. The reason why we call it “Rebuilt”, and not “Restored”, is the unknown original Main Tower and that, in fact, the tower looks much smaller for the stone wall base. Perhaps it is because there was not enough budget for a tower which fits the base.

The small Rebuilt Main Tower on the original stone wall base
The comparison of the sizes between the rebuilt tower and estimated original one, exhibited in the Rebuilt Main Tower

However, you can enter the tower, learn about the castle, and enjoy a view of Hamamatsu City, as the tower is used as a historical museum and observation platform.

The excavated well for the original tower, exhibited in the Rebuilt Main Tower
An exhibition in the Rebuilt Main Tower
A view of the city area from the observation platform

To be continued in “Hamamatsu Castle Part3”
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148.浜松城 その2

オリジナルの天守台石垣に、小さな復興天守が乗っかっています。

特徴、見どころ

公園入口へ

現在浜松城は、浜松城公園として開発されています。公園内には、天守曲輪と本丸の一部が残されています。もし浜松駅から公園の方に歩いていった場合、浜松市役所が左側に見えてきますが、ここは過去は二の丸の一部だったのです。市役所の北側から公園の入口への道に入っていきます。そうすると右側に、発掘中の本丸と二の丸がフェンス越しに見えます。そして、現代になって切り崩された本丸の断面によってできた壁に突き当たります。

城周辺の地図

浜松市役所
浜津城公園への入口
公園入口に向かう道
発掘中の二の丸と本丸の一部

よって、公園に入るにはその壁の右側か左側に回り込む必要があります。どちらの入口から入っても、本丸の残存部分に着きます。そこには、徳川家康の銅像があったり、土塁の上にある富士見櫓跡があります。

本丸の断面にある壁と公園入口への道標
右側の入口から本丸へ向かいます
本丸内部
徳川家康銅像
富士見櫓跡

古風な現存石垣

この城のハイライトといえば、本丸と天守曲輪にある現存石垣でしょう。この石垣は基本的に自然石を使って積み上げられていて、城の石垣の中では最も早い時期の手法の一つで野面積みと呼ばれます。とても古風であり、元は堀尾吉晴が築きました。

富士見櫓跡から見た天守曲輪
天守曲輪の石垣

天守曲輪の裏側の方に行っていただくと、石垣が自然地形の上の方に築かれているのが見えます。これも初期の手法の一つで、鉢巻石垣と呼ばれ、高石垣を築く技術がないときに用いられました。この石垣は、屏風のように巧みに曲げられていて、文字通り屏風折れと呼ばれています。こういった構造より、敵が城に攻めてきたときに、守備兵が石垣の任意の場所から敵を直接攻撃できるようになっていました(例えば、折れた部分から敵の側面を攻撃できます)。

天守曲輪の裏側の鉢巻石垣
「屏風折れ」の石垣

天守門は、発掘の成果を基に、最近2014年に伝統的工法で復元されました。門の下を通るだけではなく、門の建物の中にも入ってみることができます。

復元された天守門
天守門内部への入口

オリジナルより小さな復興天守

それ以外には、現存する天守台石垣の上に復興天守が1958年に建てられ、それ以来城のシンボルとなっています。この天守が「復興」と呼ばれる理由は、オリジナルの天守の姿が不明であることと、実はこの天守は天守台と比較してとても小さいのです。恐らく、この天守台に合う天守を作るには予算が不足していたと思われます。

オリジナルの天守台石垣に載った小さな復興天守
復興天守と推定されるオリジナル天守の大きさ比較、復興天守内にて展示

それでも、天守の中に入ってみれば、城のことを学べたり、浜松市街を一望することができます。歴史博物館及び展望台として使われているのです。

発掘された天守内の井戸、復興天守内にて展示
復興天守内の展示の一部
展望台からの市街地の景色

「浜松城その3」に続きます。
「浜松城その1」に戻ります。